「明日が最後だね」
清盛との決着が明日に迫った夜、幾たびもの戦場を戦い抜いた源氏の神子は静かに言った。
月の光が彼女の髪を照らし、風がさらりと撫でる。
そんな彼女にヒノエは小さく「あぁ」と呟く。
―――明日で全てが終わる、この戦いも、神子の役目も、八葉の役目も、全てが――
ヒノエは目の前で海を見つめる彼女を後ろからそっと抱きしめる。
抱きしめた体はとても細く、何度も力強く戦っている姿を見ていても、すぐに消え入りそうに感じる。
この体を抱きしめるのもきっと明日まで、明日の戦いが終わればこの少女は元の世界に帰ってしまうだろう・・・・
この温もりも、恥じらうように伏せられる瞳も、小鳥のように囁く声も・・・・もう手が届かなくなる・・・・二度と会えなくなる―――
その事が、ヒノエの体を震わせ、眉を歪める。
―――今まではどんな女でも別れを惜しむ事はなかったのに―――
来る者は拒まず、去る者は追わず・・・・・・それで良かったのに・・・・・・
なのに今は、この腕の中の少女を失うのが怖い・・・・
どうすれば彼女を手放さずにすむのか、そればかりがヒノエを支配する。
このまま口付けてしまえば・・・
あるいは抱いてしまえば彼女を失わずにすむのだろうか―――――――
そんな考えにふと、苦笑する。
馬鹿馬鹿しい考え、熊野の頭領である自分が、この腕の中の少女一人の為に幾日も眠れず、ひたすら手に入れることを考えているだなんて・・・・
本当に馬鹿馬鹿しい・・・・・だけどそれが嬉しくて、切なくて、・・・涙が溢れる――――
目の前が歪み、愛しい少女の姿が滲む
一つ瞬きをすると、それは頬を伝って流れ・・・また溢れ出す
「っ・・・・」
何か言おうとして言葉が詰まり嗚咽だけを音にする。
そんなヒノエに気づき少女は腕からそっと逃れ体を反転させて今度はヒノエの頭を自らの胸に押しつける形で抱き締めた。
何がそんなに不安なのだと、不安ならば泣けばいいと優しく頭を撫でてくれる。
流れる涙にそっと口付け、大丈夫だと囁いてくれる―――――――
手放したくない、そう言って泣くのは子供のすることだと分かってはいるけれど・・・
ずっと一緒にいたくて、ずっと一緒に笑っていたくて・・・その感情がヒノエの自律を効かなくする・・・
それでもオレはやらなければいけない事があるから―――――――
ここでまだ、やる事があるから・・・・
ねぇ、姫君?もう少しだけこうやって抱いていて?
お前の温もりを感じさせて・・・・
そしたらまたいつも通り、元気になるからさ・・・・
今だけはお前の温もりに溺れさせて・・・・・・