満月、それは人を惑わせるものだと、昔だれかが言っていたような気がする。
そして、それは真実なのかもしれない。
そんなふうに思えるほど月が綺麗な夜、
敦盛は一人源氏の陣からはずれ浜辺へと腰を下ろす。
「っ・・・・・」
腕が痛む、今日の満月は人では無い者をも惑わす力があるのか・・・
あるいは、怨霊が自我を保つため持っている勾玉を無くしてしまったからなのか
自分の中の怨霊の部分が騒ぎ出す。
――――笛を奏でよう、自分の中の怨霊の部分を押さえるために、自我を失わないために
奏でる笛の音に海の音が重なる。
まるで自分に本当の命があった時に兄と奏でた音楽のように。
音と音が一つの音を生み出す。
そして、それがまた敦盛の心を昔へとさかのぼらせる。
「あ・・・に、上ぇ・・・」
昔へとさかのぼった敦盛の心は幼い頃の記憶を呼び覚まし
瞳から大量の涙を溢れさせた。
今日、兄はこの世界から消えた。
死ではない。消滅と言う名の無へと還っていった。
それは、怨霊になって甦った時から分かっていたことで、
そうであることが正しい事だ。
しかし、そう思おうとした所で涙は止まってはくれない。
逆に視界は涙でよけい滲んでくる。
そこへ、このような時間に聞こえるはずもない声
「敦盛さん?」
「み・・・こ?」
それは、源氏の神子、白龍の神子としてこの戦で名をあげている少女の声だった。
「どうしたんですか?こんな夜中に・・・」
「神子・・・あなたこそ何故ここへ?」
驚いて立ち上がろうとした敦盛だが、それは神子の手により妨げられた。
彼女は立ち上がろうとした敦盛の横にすとん、と腰を下ろしたのだ。
「どうした・・・も無いですよね。お兄さんが消えてしまったというのに・・・」
まだ瞳に幼さを残した少女は海を見つめ呟いた。
今日実際に敦盛の兄、経正を封印したのは彼女だ。
彼女は責任を感じているのだろう。
何とかして敦盛を元気づけようとしてくれているのが感じられる。
「すみません、敦盛さん・・・」
少女は海から敦盛の方へと視線を移し、敦盛の流れた涙にそっと触れる。
「神子!!?」
自分の頬に流れた涙に触れられ敦盛はびくりと体を震わせ、彼女から一歩離れる。
「神子、私に触れてはいけない・・・私は、穢れた存在。
神子も知っている通り、怨霊・・・だから・・・」
しかし、彼女は敦盛の言葉とは逆に距離をつめる。
「何でですか?私、敦盛さんが怨霊でもかまいません。敦盛さんは敦盛さんだから」
「し、しかし・・・その・・・清らかな神子を穢すわけには・・・」
それでもじりじりと後ろに下がっていく敦盛に少女はにっこりと微笑む。
「穢れませんよ」
「穢れるわけないじゃないですか。むしろ敦盛さんの優しい心で胸が暖かくなるくらいですよ」
そういうと龍神の神子は彼女の世界の昔話を始めた。
それは種族の違う者達の物語だった。
種族が違えど一緒に戦い、幸せを勝ち取る物語・・・まさに夢のような話・・・
「と、いう話なんですよ。この話、敦盛さんどう思いますか?」
話終わった少女は「ん〜」っと背伸びをしつつ聞いてくる。
「良い、話だと思う。人も、そうでない者も本当に幸せになれるならそれが一番いい」
「でしょ?」
彼女はそういうと砂を少しだけ掴む。
「私、一緒だと思うんですよ。敦盛さんは、怨霊とか人とかにこだわってるでしょ?私が今話した話しでも同じような事あったと思うんです。でも、それでも一緒に幸せを築いていくことができてましたよね?」
そういうと彼女は掴んでいた砂を海の方へと放った。
「だから怨霊と人も一緒に幸せを築いていく世界があってもいいかなって思うんです」
「しかし、怨霊は存在自体が人に災いをもたらすもの、種族が違うとかそういう次元の問題ではないのではないだろうか・・それに神子は怨霊を封印する者、そのような事を言っては・・・」
そう言葉を濁す敦盛に少女はゆっくり首を振る。
「怨霊だって、人に災いだけを与える者じゃないんじゃないですか?」
「え?」
「そりゃあ、確かに襲ってきた怨霊は封印するしかありません。私は神子だから・・・でも、敦盛さんのように人に温かな心を分け与えてくれる怨霊だっているじゃないですか。それに、敦盛さんのお兄さんだって悪い怨霊じゃなかった」
そう言うと彼女は大きな瞳にうっすらと涙を浮かべた。
彼女は怨霊である自分に、そして怨霊として消えていった兄の為に心を痛め泣いているのか。
死してなお平家に使われている怨霊達にさえ優しい心で接してくれるのか。
「神子・・・」
「だから、そんなに自分が怨霊である事を責めないでください。むしろ、私は敦盛さんが怨霊であったから出会えたのだと感謝するくらいですよ」
彼女は強い。怨霊になってこのように塞ぎ込んでいる自分とは違い。
未来を見ている彼女はとても綺麗だと思う。
自分より年下の幼い彼女から確実に勇気を貰っているのを感じる。
「神子は、強いな・・・そして優しい。私をいつでも癒してくれる」
だからだろうか、そんな言葉が自然に出てしまったのは。
少女はいつも自分の気持ちを押し殺している敦盛が気持ちを言葉に出したので一瞬驚きの表情を見せた。
そしてすぐ後、心から嬉しそうに微笑んだ。
「何言ってるんですか、敦盛さんこそ優しいじゃないですか」
「え?」
「敦盛さんの笛の音、すっごく優しいです。いつも私は勇気を貰っています。それは笛の音を通して敦盛さんの心を感じるからですよ」
この少女はどこまで自分を救ってくれるのだろうか。
何もない自分に居場所を与えてくれただけでなく、このように心からの言葉をかけ癒してくれる。
だから伝えよう。その感謝を。
彼女が好きだと言ってくれるこの笛の音に乗せて
それが今の自分にできる精一杯の感謝の気持ち
彼女を元気づける事が出来る唯一の手段
了