【幸せ】

険しい山奥、そこに一人の男がいた。
金色の輝きを帯びている髪を持ち、顔半分から下を布で隠している。
体はマントに包まれ、一見したところでは誤解を生みそうな容貌。
彼の名はリズヴァーン、鬼の生き残りである。

今は春だが、やはり少し肌寒く感じる。
野宿には少し厳しい夜になるかもしれん・・・特に彼女には――

「先生?こんな所にいたんですか?食事、始まってますよ?」

リズヴァーンが色々と思案していると、彼の弟子、白龍の神子がぴょこんと顔をのぞかせた。
彼女こそ、彼が生きていく運命の中心にいる人物である。
リズヴァーンは、布で隠している口元をゆるめる。

「どうした?神子」

リズヴァーンがゆっくりと問うと彼女はにっこりと微笑みつつ近寄ってくる。

「先生聞いてなかったんですか?食事、夕食ですよ?」

彼女は近づいてくると、師匠の前に仁王立ちになり
「きちんと食事の時間は守ってくださいよ?」とわざとらしく子供を叱る親の顔をする。
彼はそんな頼もしい弟子を見つめ目を細める。
――生きている。今はまだ・・・
彼女は生きる事に、前に進むことに疑問を持ってはいない。
自ら生きようとしている。
その事が運命へ対する不安を持つ今のリズヴァーンにとって何よりの心の支えとなっていた。
運命を越える事の出来る彼女は、いつか自ら危険に立ち向かうであろう
それは、自分の望む形ではない。
むしろその事こそが自分が何度も時空を巡ってきた理由である。
そう。何度も、何度も・・・何回巡ってきたのか。
もう数えることすら出来ぬくらい
彼女から助けてもらったあの日から・・・・
螺旋のように回り続ける自分の運命

「先生?どうしたんですか?」

また、辛い過去に飲まれようとしていたリズヴァーンを
彼女は大きい目に疑問を乗せてのぞき込む。

「神子、おまえにとっての生きる事、とはどんなものだと思う?」

「え?」

今まで目を伏せていた師が突然口にする言葉に彼女は戸惑う色を見せた。

「生きる事、ですか?」

そう呟くと少し幼さを残した彼女は少しの間沈黙する。

――――彼女は、いつか「生きる」事について選択しなければならないだろう

選択はいつでも皆について回る問題だ。
そしてそれは間違えればそれを糧とし正しい方向へ進める。
そういう力がある。
しかし、彼女の場合、それではすまされない。

龍神の力を持って運命を変える事ができる彼女。
しかし、それを誤った方向に使うことは許されない。
だから再度ここではっきりしておかねば
彼女が間違わないためにも、彼女が生き抜くためにも・・・・

「私の生きるという事、それは想っている人と一緒に運命を築いていく事です」

「運命を、築く事・・・・」

「そうです。生きるという事は常に死ぬという事のそばにある。 でも、そんな事考えていたら楽しく生きる事なんて出来ませんよね?人は死ぬのが怖いから だから生きるとか、死ぬとかで考えるのではなく誰かと運命を築いて行こう!!って考える方が 楽しくないですか?」

運命を変えることの出来る神子だからなのか、答えはリズヴァーンの予想の範疇からかけ離れていた。
しかし、それは悪い方ではなく良い方へ
彼女は死ぬ事をまだ考えてはいない。
リズヴァーンの考えていた理想の答えではないが、彼女は彼女の答えを出した。
この分だとまだ、この運命は大丈夫なのだろうか・・・
この運命では彼女は死なずにすむのだろうか・・・
自分の見てきた数々の彼女のように冷たくなることはないのだろうか・・・
このまま、私がこの少女のそばにいても・・・大丈夫なのだろうか・・・

風が吹く。リズヴァーンのマントが風に揺れる。彼女の髪も。
神気が満ちる。陽の気が二人の間に満ちる。

「そうか、それがおまえの選ぶ運命・・・か」

「先生?」

神気を纏う少女は自分の答えが師の望むものではなかったかと不安に顔をゆがめる。
しかし彼女の答えを聞き、師は今まで寄せていた眉をふっと弛める。

――――きっと大丈夫だろう。この、今の神子ならば・・・

「寒くなってきた、そろそろ陣に戻ろう。夕食、なのだろう?」

そういうとリズヴァーンは神子に近づき、ふわりとマントで包むように抱き上げる。

「え!?せ、先生?」

意味の分からない質問の後の行動。
神子が師の心の変化を読むのにはまだ少し幼すぎたようで 戸惑いに目を泳がせている。
リズヴァーンはその神子の温もりを感じ、腕に力を込める。
そして神子がこれが幸せなのだと気づくのはもう少し後のこと。


                了

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