「景時さんっ、この洗濯物もう取り込んでもいいんですか?」
夏の梶原邸に陽気な少女の声が響く。
未だ終わってない大量の洗濯物を水で濯いでいた景時はゆっくりと顔だけを上げて「いいよ」と一声かける。
するとどうやら少女と一緒に居たらしい白龍と賑やかに洗濯物を取り込み始める音が聞こえてきた。
それを聞きつつ景時はまた洗濯物へと顔を戻す。
最近は何故か怨霊の数も少なくなって、平氏の目立った動きもない。
封印に出かけてない時にはみんな館でくつろぎ、会話したりどこかへ出かけたりしている。
まあ、会話を楽しんでいるとは言え勿論「作戦」の合間だったりするのだか、それはこんな時代だし否めない。
……幸せなひとときとはこういうものなのだろうか。
景時は手を水に浸しつつぼんやりと考える。
考えてみれば、この館に移ってから、こんなにゆっくりと心休まった事がないのかもしれない。いや、休んでなどいられなかったのかもしれない。
この、見張りの中に立っている屋敷の中では……
見張り……それは今でも続いている、無くなったわけではない。
それゆえにいつも銃を持ち歩くし、寝ている間も気を張っている。
いつ命令があるか分からないし、いつ自分が消されるかも分からない。
今は大丈夫、でも明日はわからない。
そう、今だって実は休んでいる場合などではない。彼が、頼朝が出した命令を実行するまでの猶予期間。
分かっている。この幸せは長続きしない。喩えそれを自分が望んでいてもここに住んでいる限り、頼朝に誓いを立てている限りあの命令から逃れられない。
景時は軽く目をつむり一つ溜息を吐く。
すると、先ほどの陽気な声が上から降ってくる。
「景時さん?」
その声にびくりと身体を振るわせる景時。
いきなり意識の中から現実に引き戻された感覚。
「の、望美ちゃ・・・ん?」
景時は声の主を見上げ、名を呼ぶ。
「景時さんどうしたんですか?ぼんやりして。体調が悪いんですか?」
そう言うと少女は景時の横へと移動してすとん、と腰を下ろす。
「い、いやぁ〜そんな事ないよ?元気元気〜v」
そう言って笑顔を作る景時に望美は「そうですか?」と首を傾げる。
「そういえば、洗濯物、もう取り込み終わったの?」
「はい。白龍も手伝ってくれたしもう畳み終わっちゃいましたよ」
そうやって笑う彼女につられ景時も再度笑顔を作る。
しかし、先ほどの意識がまだ完全には消えてくれないらしく、やはり笑顔は苦笑とまりだ。
「景時さん?やっぱり体調悪いんじゃないですか?今日は日差しも強いし熱射病にでもなったら大変ですよ?」
笑顔が不完全だったためか覗き込んでくる望美。
頼朝の新しい命令……「白龍の神子の暗殺」
今はまだその時ではない。が……
自分にそれが出来るのだろうか……この優しい少女に銃を向ける事が出来るのだろうか
家族の為、自分の為、自分はこの少女に銃を向ける。
そんな日など来なければいいのに……そんな事は望んでないのに……
そんな事を思いつつ、自分はやっぱり臆病だから。その事を覆す勇気が無いから。
今ここで笑うんだ。問題を先送りにしつつ、問題に背を向けて笑うんだ。
苦笑いになっても、嘘をつくんだ。
「いや、本当に大丈夫だよ。でも、そうだね。今日はここまでにしておくよ。だから望美ちゃんは先に部屋に入っててよ」
そう言う景時に望美は渋りながらも「はい」と返事をして家の中へと消えて行く。
後ろから見る彼女の背中。それは前線で怨霊と戦っている男勝りな少女のものではなく、一人のか弱き少女の背中。銃で撃とうものならたちまち鮮血を流し倒れてしまうだろう。
自分が持つ武器はそういうものだ。いや、例えか弱い少女でなくても自分の武器は簡単に人を殺めることができる。実際そうやって今までも仕事をこなしてきた。
遠くから。相手の顔がゆがむのを見ないようにして・・・相手から鮮血が溢れるのから目をそらして。
景時は目をつむり、再度意識の中に潜り込む。
目の裏には先ほどの望美の笑顔が浮かび上がる。そして、赤く染まる・・・
この運命を、自分はたどるのだろう・・・
臆病な自分がいるかぎり・・・・
「そんな未来なら・・・・こなきゃいいのに、ねぇ・・・・」
景時は誰にともなく呟く・・・・
そして、その独り言は景時自身に苦い何かを残し消えていった。
了