【仲間】

熊野の岬は本当に良いところだと思う。
景色も綺麗だし空気も澄んでいる。
望美はそんな中で一人膝を抱え大きな岩に腰を下ろしていた。
今は周りに人は居ない

熊野、水軍・・・・
今日その頭領に会った。
熊野別当藤原湛増・・・彼は自分達とずっと一緒にいた赤い髪の少年、ヒノエだった。

その事実を知ってから一日、望美は未だ事実を受け入れる事が出来ていなかった。

・・・まさかヒノエ君が頭領だったなんて・・・

その事実だけが少女の頭の中を支配する。

「はぁ・・・何で、言ってくれなかったんだろう」

望美は一人呟くとため息を繰り返した。

「大きなため息だねぇ〜、そんなにため息ばっかりついてると幸せが逃げていくぜ? まあ、逃げていっても俺といたら捕まえてやるけどよ」

そこへ、彼女の悩みの元凶、熊野別当の声。

「ひ、ヒノエ君!?」
「やぁ、姫神子様。いくら熊野が安全だからってお供も付けずにこんな所まで来るのは感心しないな。 俺に会いに来るんだったら一人の方が大歓迎だけどな」

そう言うといきなりの訪問に驚いている彼女の横にすとんと座った。

「なんてな、分かってるよ。俺が頭領だったのが気にくわなかったんだろう?」

隣に座ったヒノエは横目で望美の顔を見つつ軽く問いかける。

「いや、気にくわないって言うか・・・・今考えてたの。どうしてヒノエ君は私達が頭領に会いに来たのを知ってて黙っていたのかって」

「ああ、そのことね」

そう言うとヒノエは手に持っていた飲み物を少女に渡した。

「弁慶がいってたろ?熊野の人間は用心深いんだよ」

「でも・・・」

用心深い。その言葉は少女の言葉を詰まらせる。
更にうっすらと涙までも・・・

「うわっ・・・やばいなぁ〜」

ヒノエは少女の潤んだ瞳を見つつ眉を寄せる。

「涙なんて反則だぜ?望美」

さらにその言葉と同時にヒノエは彼女の瞳をぺろりと舐め涙を吸い取ってやる。

「ひ、ひひひ・・・ヒノエ君!?」

ヒノエの突発的な行動は少女を驚かせ声を裏返らせる。

「俺のことを考えて涙を浮かべるのも可愛いけど、やっぱり神子姫様には笑顔が似合うからねぇ〜」

そう言うと立ち上がり自分の上着を少女に着せる。
暫しの沈黙・・・そして

「分かったよ、美しい姫。お前を泣かすのは誰だって許されないからな。例え俺でも・・・」

「え?」

「協力してやるよ、俺が。熊野の頭領としてお前に協力してやる」

協力・・・

その言葉は先ほどまで落ち込んでいた少女にとって意外な言葉で、理解するのに時間を要した。

「なんだい?嬉しすぎて言葉も出ない?」

そんな少女を見てヒノエはにっこり、いや。にやりと口の端をあげる。
「協力?ヒノエ君が頭領として?」

「ああ、それとも姫神子様は俺を別の形で欲しいのかな?」

しかし、彼女はヒノエの言葉の最後の部分を聞かず勢いよく立ち上がり目を輝かせる。
「う、ううん!!ありがとう!!ヒノエ君!!熊野の頭領が協力してくれるなんて嬉しすぎ!!」

そう言うといきなり駆け出し始める。

「え?望美?」

「みんなに知らせてくるね!!ヒノエ君が私たちに協力してくれるって事!!」

そう言うと少女はヒノエを一人岬に残し宿へと走っていった。
そして残されたヒノエは苦笑を浮かべ一人ごちる

「協力するのは望美にだけ・・・・なんだけどな」

まあ、いいさ。これから俺がどんな男かって事をゆっくり教えてやろう。
あの気高く純粋な少女を手に入れるのはこの俺だから・・・
見てなよ、姫神子様。お前を攫っていく海賊の生き方をな
たっぷりと楽しませてやるからよ・・・


                    了

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