「望美さん、ちょっと失礼します」
そうやって弁慶が望美の部屋を訪れたのは怨霊を倒して梶原家へ帰ってきてすぐのこと。
時間的にはもうすぐ夕飯で、台所では朔と譲が用意をしていた。
「弁慶さん!?どうしたんですか!?」
部屋でのんびりと手足を伸ばしていた望美は帰ったはずの来訪者にがばっと起きあがる。
「ええ、ちょっと気になったことがあったものですから」
「気になる事?今日の戦いの事ですか?」
「いえ、別の事ですよ」
そう言ってにっこりと微笑むと次の瞬間、
ぐいっと望美の腕をひっぱり自分の腕の中へと誘う。
「べ、べべべ・・・べん・・・弁慶さん!?」
突発的な弁慶の行動に望美は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「静かに・・・・・じっとしててください」
そう言うと弁慶は望美を腕に抱えたまま彼女の背中に手を当てる。
「いたっ!!」
望美は小さく叫び声を上げた。
弁慶が触った所に激痛が走ったのだ。
「ああ、やはりそうでしたか」
そう言うとゆっくり望美の体を離す。
弁慶の表情はさっきとうってかわって真剣だ。
「望美さん、今日の戦いで傷を負っていたんですね?何故早く言わないんですか?」
体を、よいしょ。と起こし、弁慶の少々きつめの問いに少しうつむく望美。
「あ・・・ごめんなさい」
「僕はあなたにあやまって欲しいのではありませんよ」
弁慶のその言葉に望美は謝ることもできずに言葉をなくす。
「別に君を責めているわけではありません。顔を上げてください」
そう言うとごそごそと手に持っていた袋から薬を何個か出す。
「・・・あなたは、本当にいけない人です。何に対しても頑張り屋さんですが限度というものを知らな過ぎですよ?さぁ、背中を見せてください」
「あ、はい・・・・え!?」
話の流れからこくこくと頷いていた望美は弁慶の最後の言葉にも軽く頷いてしまい、言った自分とさらりと言う弁慶に驚きの色を見せた。
「どうしたんですか?薬をぬるんです。見せてくれないとぬれないじゃないですか」
「あ、いや・・・でも・・・あ、あの・・・自分でぬりますから!!」
顔を再度赤く染めてぶんぶん振る望美に弁慶は苦笑する。
「背中ですよ?どうやって自分でぬるつもりですか?まさか望美さんは手が伸びたりするんですか?」
そうやってひやかす弁慶にこれ以上ないというくらい顔を真っ赤に染めた。
「さ、朔にあとからやってもらいますから・・・いいです」
「そうですか?大丈夫ですか?きちんとやってもらってくださいね?」
「はい・・・分かりました」
「では、残念ですが薬をぬる役は朔さんにお譲りしましょう」
そう言うと薬と布を望美の前に出し説明した。
「では、これくらいですね。きちんと順番通りにぬってもらってください。じゃないとしみますからね」
「はい」
「それと、これからは怪我をしたらきちんと言ってください。せめて僕だけには。もう君は君だけのものじゃないんですから。人々にとっても・・・・僕にとっても・・・」
「え?」
「望美さん。ずっと言いたかったことがあるんですが、聞いてもらえますか?」
そう言うとにっこりと笑い望美をマントで包み込むように抱き寄せる。
「弁慶さん!?な、何ですか!?もう怪我してませんよ!?」
再度抱き寄せる弁慶に今度こそ逃れようとする望美。
それを見てくすりと笑う弁慶だ。
「違いますよ、望美さん。今度僕が見たいのは傷ではありません・・・・君の心が知りたいんです」
「・・・え?」
「望美さん、八葉としてではなく一人の男として君を一生守る役目に僕を立候補させてくれませんか?」
弁慶のこの言葉に今まで抵抗していた手を止める望美。
「・・・・え?」
ゆっくり顔を上げきょとん、と近くにある弁慶の顔を見上げる。
一生守る?八葉として・・・では・・・なく?
一人の男として?
それは・・・・もしかして・・・・
「えぇ!?」
少し言葉の意味を考え込んでいた望美は、ようやく意味を理解して大声を上げた。
「そ、それって・・あの・・・えっと・・・・」
「えぇ、きっと望美さんが考えている意味ですよ」
そう言って抱きかかえている腕の力を強める。
「駄目ですか?」
焦っている望美をのぞき込む弁慶。
「えっと・・・・駄目って言うか・・・・あの・・・少し、時間を・・・くださいませんか?」
「時間ですか?」
「はい・・・・あのいきなり言われてもよく・・・分からないので」
そう言って再度腕に力を込める望美。
そんな望美に苦笑し、抱きかかえていた腕を弛め、望美を解放する。
「君にそう言われては・・・・しかたありませんね」
そう言うと弁慶は持ってきた薬の入った布を持ち立ち上がりドアに手をかける。
「それでは、今日はここで帰ります。よい返事、お待ちしてますよ望美さん」
「ああ、それと、忘れないように薬、ぬってもらってくださいね?
せっかく朔さんにお譲りしたんですから」
出ていく直前にそう言い残し、今度は本当に部屋を出る。
それから台所で夕飯の支度をしている朔と譲
それと居間で洗濯物をたたんでいる景時に帰る旨を伝えて梶原家を後にする。
そして驚いた顔のまま固まってしまっていた望美を思いだし、くすり、と意地悪そうな笑顔を浮かべた。
「薬をぬる役は朔さんにお譲りしましたが、この役目だけは誰にも渡せませんね・・・どのような手を使ってでもその役につかせていただきますよ・・・望美さん」
了