真っ暗な闇だけが続く。
弁慶はそんな中どこへ行くでもなく立っていた。
―――ここは―――
そんな弁慶の目の前にぼんやりと明かりが灯る。
中から浮かび上がってくるのはやさしい笑顔の少女。
「望美さん…?」
弁慶は少女の名を呟く。
そんな弁慶に気付いたのか少女は一瞬笑顔を曇らせたかと思うと瞳から涙を零し、くるりと反対を向いてしまった。
「望美さん!?望美さん!!」
少女の涙の意味が気になり名前を呼ぶ弁慶の視界がどんどん明るくなって行く。
どうやら弁慶は戦場に立っているらしく辺りは赤々と炎が立ち込め、後方からときの声が聞こえてくる。
―――望美さんは―――
弁慶は慌てて視線を巡らし望美を探す。
望美は先ほど立っていた所にやはり後ろ向きで立っていた。
どうやら剣を構えているらしく足を肩幅ほどに開き前かがみだった。
息をするのが苦しいのか華奢な身体は激しく上下している。
周りを見るといつのまにか刀を持った男達が望美を取り囲んでいた。
「望美さん!!」
弁慶は明らかに聞こえない距離にいるにも関わらず少女の名を呼び、手を伸ばす。
「望美さん!どうか、どうかこちらに!!」
弁慶がそう言うが早いか男達は刀を振り上げ望美に襲いかかる。
―――間に合わないっ!!―――
走り出す弁慶を逆風が襲い、男達は望美に切りかかって行った。
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「弁慶さん!弁慶さん!!?」
ぼんやりとした意識の中弁慶はゆっくりと目をあける。
頭が重く身体が動かない。嫌な汗が弁慶を覆っている。
―――ここは―――
意識がはっきりしてくる。
辺りはどうやら夜であるらしく目が慣れるのにそう時間はかからない。
「弁慶さん!良かった、気が付いたんですね?大丈夫ですか?」
弁慶はゆっくりと首を回し声の主を見つける。
そこには瞳にいっぱい涙を溜めた望美の姿。
どうやら弁慶は木陰に寝かされているらしい。
―――ああ、そうか―――
弁慶は軽く息を吐く。
自分は戦闘中に望美を庇い不覚にも怨霊の攻撃を全面的に受けてしまったのだ。
―――それでは先ほどの事は夢?―――
「どこに…行って、たんですか?」
先ほどの事を思い出し弁慶は望美の頬に手を当て呟く。
言葉を発した弁慶に安堵したのか望美の瞳から涙がこぼれる。
「ああ、君は本当に可愛いですね・・・涙を流している時でさえ美しく僕を夢中にさせる」
「な…に言ってるんですか…こ、こんな怪我して、言う言葉じゃありま…せんよ」
望美は頬に当てられた弁慶の手をそっと握ると少しだけ笑顔を作った。
その笑顔と涙に弁慶は一瞬息を飲む。
望美の笑顔は太陽のように皆を照らし出す
しかし、望美の泣き顔は月のように儚く綺麗で、涙は媚薬のように人を魅了する
弁慶は高鳴る胸に苦笑し空を見上げた。
こんな咎人の自分がこんな清らかな少女の涙に心を動かされる
それはあってはいけないこと。
弁慶は自分の咎人の部分をよく知っている
『欲しいものはどんな事をしても手に入れる』
それが自分の咎人の部分。
彼女を望めば不幸にしてしまうかもしれない。
少なくとも彼女の周りには彼女を幸せに出来る人がいるのだから
しかし……
―――ああ、満月の雫は媚薬…ですね―――
もう、この夜の彼女の涙と笑顔を自分は忘れることが出来ないだろう
すでにこの胸の高鳴りが全て自分の物になりつつあるのだから
そして、きっとこれから自分はこの清浄なる少女を求め続けるのだろう。
彼女が側で笑い、泣き、涙を流す限り、永遠に―――
了